B:宝石泥棒 ジュエルベアラー
あたしたちはリビング・メモリーにいる機械兵を遠隔操作して、現地の調査を行っているわ。でもね、これは決して簡単なことじゃないの。だってのに……苦労してハッキングした機械兵に、ちょっかいを出してくる魔物がいるのよね。その筆頭格が、ジュエルベアラーと名付けた個体。キラキラ輝くものが好きらしくて酷いときには機械兵の頭を引っこ抜いて持ち去るのよ?調査の障害になるから見つけ次第ボコボコにしてあげて!
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「お、来たのか。よしよし、こっちへおいで」
老人はしゃがみ込むと両手を差し出して直径30cmほどのまん丸い、全身が真っ黒い毛で覆われた小さな生物を抱き上げた。その生物は嬉しそうに老人に体を擦り付け鳴き声をあげた。
老人はこのヤースラニ荒野で産まれ、一度も他の地域に出たことがない。この地で妻と暮らしてきたが、随分と前に妻には先立たれた。子供も一人いたが成人してシャーローニ荒野の炭鉱で炭鉱夫として働いている。向こうで家族を作って以来、もうどのくらい帰ってきていないだろうか。寂しくなるので数えるのをやめてしまった。老人はずっと一人で、この掘っ立て小屋でくらしている。
「なんだ?くれるのかい?」
老人はその黒い生物が差し出したものを見た。見た所ただの石のようだが老人は嬉しそうにそれを受け取ると自宅である掘っ立て小屋の玄関の脇においてある1m四方ほどの大きさの木箱に入れた。その木箱にはこの黒い生物が今までせっせと老人の為に採ってきた石が溢れんばかりに山積みに入れられている。
「また新しい箱を用意せんとな」
老人は優しく微笑みながらその小さな黒い生物に話しかけた。
この黒い生物はスプリガンの幼生だ。スプリガンは主に鉱山や岩山など地下資源のあるような地域に生息する魔物で見た目が愛らしい。団子のように丸い全身を黒い毛で覆われ、ウサギのように大きな耳のようなものが付いている。丸い胴体には目と大きな口がついていてそれもまた愛らしい。手足はその体からは想像できない程細く針金のようだ。基本的に鉱石に含まれている微量なエーテルを喰らって生きているため人や他の生物に積極的な敵意はあまり抱かないが、有限な地下資源を食料とするため縄張り意識が強く縄張りに侵入した他者を敵とみなし攻撃してくることもある。キラキラした物を好む習性があり、スプリガンの巣には宝石やその原石が沢山ため込まれていることが多い。
老人はこのスプリガンの幼生と一年ほど前に近くの岩山を歩いているときに出会った。間抜けな事に幼生の体の数倍はあろうかという岩に足を挟まれ、動けなくなり衰弱していたところを老人が助けたのだ。それ以来、老人に懐いてしまい毎日のように家を訪ねてきた。老人も一人で寂しい暮らしだったため、いつしかこのスプリガンを子供用に可愛がり、訪ねてくるのを心待ちにするようになっていた。
だがスプリガンが成体になったころ、そんな穏やかな日々は突然終わりを告げる。ある日を境に老人は家から出てこなくなった。スプリガンは自分が老人に嫌われてしまったのだと思った。それでもスプリガンは大好きな老人に会いたくて毎日鉱石を持って家を訪ねた。実はこの時老人は身体を壊して寝込んでしまっていたのだが、誰の助けもない独り暮らしの老人はそのままあっけなく息を引き取ってしまった。独り暮らしの老人の死に集落の人間が気付いたのは亡くなってから半年ほど経った後の事だった。
集落の人間が老人の家を訪れた時には、玄関には稀少価値が高く市場で高額で取引されているレア鉱石が幾つもの木箱に山積みされており、ベッドで横たわる老人の周りには沢山の花が添えられていて、老人の遺体を覆い尽くさんばかりだったという。老人の死が発覚して程なくしてヤースラニ荒野に部分的世界融合が起こり、辺りの環境は一変し、いまではヘリテージファウンドと呼ばれている。
エバーキープのその奥にあるリビング・メモリーにジュエルベアラーという魔物がいる。ジュエルベアラーは巨大に成長した体をもつスプリガンなのだが、どうも人慣れしているというか、人間が好きらしく、ハッキングする事で遠隔操作できるようにし、リビング・メモリーの現地調査に利用している人型機会兵を見つける度にちょっかいを出してくるのだという。そのちょっかいの出し方というのが足元にすり寄ったり、自分の大きさを考慮せずに肩に飛び乗ろうとしたり、まるで親に甘える子供の様で悪意は感じられないのだという。極めつけはその機会兵の待機場所にどこで見つけてくるのか、毎日のようにレアな鉱石を置いて行ったり、休眠中の機会兵の周りにたくさんの花を置いて行ったりするのだという。
上層部は調査の邪魔になるために排除したがって依頼してきたのだが、機会兵の遠隔操作を担当する一般兵のたちには可愛がられているらしい。上層部からの依頼を受け、現地に着いたあたし達に遠隔操作された機会兵が数体近寄ってきて拡声機能を使用してあたし達に話しかけてきた。
「すまない…こんな事言っちゃいけない立場なんだが、あいつ、確かに調査の邪魔をすることはあるんだけど悪い魔物じゃない、可愛い奴なんだ。ジュエルベアラーを殺さないでやってくれないか?」
あたしと相方は少し驚いて顔を見合わせ微笑むと、機械兵のカメラを覗き込んでいった。
「ちょうど良かった。実はそのつもりなのよ」
機会兵は感情を伝えるために付けられた顔の電飾で驚いた顔を作って見せた。
「あたしたちね、実は南方諸島に人が住んでない無人島を持ってるの。そこならだれにも迷惑は掛からない。だから心配しないで」